補講:Zettelkastenとは何か——ルーマンのカード箱と知的生産

社会学者ニクラス・ルーマンが長年使ったZettelkastenを、約9万枚のカード、番号、参照、索引からたどります。

第10回では、短いメモへ自分の考えを加え、あとで使える知識へ育てる流れを説明しました。

短い記録を残し、過去の記録と結びつけながら考えを育てる方法は、デジタルノートが登場する前から試みられてきました。

ここでは、Zettelkasten(ツェッテルカステン)と呼ばれるカード箱を、ドイツの社会学者ニクラス・ルーマンが研究と執筆に活用した例から見ていきます。

Zettelkastenは「カード箱」という意味

Zettelはドイツ語で紙片やカード、Kastenは箱を意味します。

Zettelkastenを直訳すると、「紙片を入れる箱」や「カード箱」です。

ルーマンのZettelkastenは、紙のカードへ記録を書き、それぞれに番号を付けて箱へ収める仕組みでした。必要に応じて、ほかのカードを示す参照も書き込まれていました。

本棚の前に、多数の紙片やカードを収めた箱が並ぶ一般的なZettelkastenの例
紙のカードを収めたZettelkastenの一例。ルーマン本人のカード箱ではありません。撮影:Kai Schreiber / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0

ニクラス・ルーマンとは誰か

ニクラス・ルーマンは、1927年に生まれ、1998年に亡くなったドイツの社会学者です。

ビーレフェルト大学で研究と教育に携わり、社会システム理論を中心に、多数の著作や論文を残しました。

1989年、ザンクト・ガレン大学の討論会に出席するニクラス・ルーマン
ニクラス・ルーマン、1989年。Universitätsarchiv St.Gallen, HSGH 022/000941 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0(Commons上でトリミングされた画像)

ビーレフェルト大学のルーマン・アーカイブによると、ルーマンは約600の刊行物を発表し、その中には40冊を超える著書が含まれます。

カード箱には、その長い研究の過程で書かれた記録が残されています。

現在、カード箱は研究資料として保存され、一部はデジタル化されています。オンラインでは、カードの画像や転記も閲覧できます。

二つのカード箱に残る約9万枚

ルーマン・アーカイブによると、1951年から1996年に書かれた約9万枚のカードが残されています。カード箱は、大きく二つのコレクションに分けられています。

  • 初期に作られた、約2万3千枚のカードからなる第1のZettelkasten
  • その後に作られた、約6万7千枚のカードからなる第2のZettelkasten

この数だけを見ると、巨大な資料倉庫を想像するかもしれません。

しかし、ルーマンのカード箱が注目されるのは、カードの量だけが理由ではありません。

新しく書いたカードを過去のカードへつなぎ、長い時間をかけて考えの関係を増やしていく仕組みがありました。

カードには番号が付けられていた

ルーマンは、それぞれのカードへ番号を付け、その番号と箱の中の位置を変えないようにしました。

ある考えの続きを加えるときは連番を進め、途中から枝分かれした考えを加えるときは、元の番号に文字や数字を足して新しいカードを差し込みました。

番号の付け方を単純な例で表すと、次のようになります。

57/12
├─ 続き:57/13
└─ 途中から枝分かれ:57/12a
   └─ さらに続ける:57/12a1

これはテーマ別の階層を表す図ではありません。番号は、カードの内容を分類する名前というより、カードを再び見つけ、別のカードから指し示すための住所として働きました。

番号が固定されているため、別のカードから「あの番号のカードも参照する」と書けます。

離れたカードを参照でつないだ

一つの考えは、一つの分類だけに収まるとは限りません。

学習について書いたカードが、仕事、組織、社会など、別の問題にも関係することがあります。

ルーマンは、箱の中で離れた場所にあるカードの番号を書き込み、カード同士を参照で結びました。

カードの置き場所が離れていても、番号をたどれば、別の文脈にある考えへ移れます。

参照は、同じキーワードを持つカードを大量に集めるためだけのものではありません。ある問いを考えるときに、一緒に読むことで新しい意味が生まれそうなカードを結びつける役割もありました。

現代の私たちから見ると、この仕組みはWebページのリンクや、ObsidianのWikilinkを思わせます。

もちろん、紙に番号を書き込む参照と、選ぶだけで移動できるデジタルリンクは同じものではありません。

それでも、一つの正しい分類場所へ押し込むのではなく、関係する記録同士をつなぐという発想には、共通するところがあります。

紙のカードに番号やタグを書き、矢印でカード同士の参照関係を示したZettelkastenの模式図
紙のカード、番号、参照、タグの関係を示した現代的な模式図。ルーマン本人が作成した図ではありません。作図:David B. Clear / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

索引は、カード箱への入口だった

これほど多くのカード番号を、すべて記憶することはできません。

ルーマンは、キーワードからカードへ入るための索引も使いました。

ルーマン・アーカイブの解説によると、索引は、あるキーワードに関係するカードをすべて並べた完全な一覧ではありませんでした。

最初に読むカードを見つけたら、そこからカード間の参照をたどって、別の考えへ進みます。

索引

入口となるカード

参照をたどる

別のカードへ進む

索引は、知識全体を一望する目次というより、カード同士のつながりへ入るための入口だったと考えられます。

カード箱を「対話相手」と考えた

ルーマンは、Zettelkastenについて書いた文章で、カード箱を自分とは別のコミュニケーション相手として説明しました。

カード箱との対話は、新しいカードを書き入れるときだけに起こるものではありません。現在の問いを持って過去のカードをたどり、以前は気づかなかった組み合わせを見つけるときにも起こります。

カード箱は、書いた内容をそのまま返すだけの保管庫ではありません。

現在の問題についてカードをたどると、別の時期、別の目的で書いた記録へ行き着くことがあります。

その組み合わせから、カードを書いた当時には予想していなかった関係が見つかります。

現在の問い

過去のカードをたどる

別の文脈で書いた考えに出会う

新しい組み合わせが生まれる

過去の自分が残したカードが、現在の自分へ思いがけない材料を返してくる。

その意味で、カード箱は記憶の代用品を超え、考えるための相手になったのです。

次の写真は、写真家Andreas Bohnenstengelが、写真を保管し、別の文脈で組み合わせるために使っているカード箱です。ルーマンのカード箱ではありませんが、記録をあとから組み合わせ直すという使い方を具体的に想像できます。

写真と紙片を収めた、写真家Andreas Bohnenstengelのカード箱
写真家Andreas Bohnenstengelのカード箱。撮影:Andreas Bohnenstengel / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0 DE

紙のカード箱とObsidian

ルーマンは、紙へインクで書き、物理的な箱へカードを並べていました。

紙のカードには、デジタルノートのような全文検索や、自動的に表示されるバックリンクがありません。固定した番号、手書きの参照、索引を組み合わせることで、必要なカードを見つけ、関係するカードをたどれるようにしていました。

デジタルノートでは、あとから本文を書き直せます。検索やバックリンクを使って、関係するノートを探すこともできます。

Obsidianでノート同士の関係を作るために、ルーマンと同じ番号体系をそのまま再現する必要はありません。

一方で、過去の記録を現在の問いへつなぎ、予想していなかった関係を見つけるという考え方は、Obsidianにも通じます。

Zettelkastenから学べるのは、特定の形式ではなく、記録を保存するだけで終わらせず、時間をかけて関係を育てるという発想です。

一人の研究者が育てた、長期的な思考の仕組み

ルーマンのカード箱では、固定された番号、カード間の参照、索引が組み合わされていました。

この仕組みは、ルーマンにとって、理論を発展させ、執筆を進めるための仕事場となりました。

ルーマンの例は、自分が書いた記録を長く残し、あとから別の考えと結び直せるようにすることで、その蓄積が新しい思考や執筆の材料になりうることを示しています。

本編の次回、第11回では、読書中に得た引用や気づきを、自分の言葉で使える知識へ変える方法を扱います。

参考リンク

実際のカードや番号体系、ルーマン本人の説明を詳しく知りたい場合は、次の資料から調べられます。